神戸港の海風に吹かれて、何も考えない午後

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歩くのって、こんなに何も考えなくていいんだっけ。

神戸港の遊歩道を二人で歩いていると、そんなことをふと思った。平日の昼下がりで人もまばら。海風が思ったより冷たくて、持ってきたカーディガンを羽織ったけど、それでも頬に当たる風は心地よくて、隣を歩く彼女が「寒い?」って聞いてきたから「全然」って答えた。本当は少し寒かったけど。

デートっていう言葉がどうも苦手で、今日のこれも「散歩」って呼んでる。でも彼女は「デートじゃん」って笑うから、まあそうなのかもしれない。ポートタワーが見える方向へなんとなく進んでいたら、途中で猫がいた。茶トラの、妙に堂々とした猫。彼女がしゃがんで手を伸ばしたけど、猫は興味なさそうに毛づくろいを始めて、僕たちのことなんて完全に無視。それがおかしくて、二人で笑った。

前に一人でここを歩いたときのことを思い出す。あれは確か去年の秋だったと思う。仕事で失敗して、なんとなく海が見たくなって、気づいたら三宮から歩いてここまで来ていた。そのときは風の音しか聞こえなくて、やけに寂しかった記憶がある。今日は全然違う。彼女が「あそこのカフェ、前から気になってたんだよね」って指さす先に、古い倉庫を改装したような店が見える。入ろうかって話になったけど、満席の札が出ていて諦めた。

波の音が一定のリズムで聞こえてくる。港だから、本当の波打ち際とは違うんだけど、それでも水が岸壁にぶつかる音は確かにそこにあって、その音に合わせて歩いていると、時間の感覚が曖昧になってくる。彼女が突然「お腹すいた」って言い出したから時計を見たら、もう2時を回っていた。そういえば昼ごはん、食べてなかった。

「何食べたい?」って聞いたら、彼女は少し考えて「パン」って答えた。パン。具体的なようで曖昧な答えだなと思ったけど、僕も特に何が食べたいわけでもなかったから、パンでいいやってなった。近くにベーカリーがあったはずだと思って歩いていたら、「ポルトベーロ」っていう小さなパン屋を見つけた。店の前を通ると、バターと小麦の焼ける匂いがして、それだけで幸せな気分になる。

中に入ると、僕はクロワッサンとコーヒーパンを、彼女はあんぱんとメロンパンを選んだ。なんだか小学生みたいな選び方だねって言ったら、「いいじゃん」って笑われた。外のベンチに座って、買ったパンをその場で食べる。海を見ながら食べるメロンパンって、特別美味しいわけじゃないけど、悪くない。

ベンチに座っていると、カモメが何羽か近づいてきた。パンを狙ってるのが見え見えで、彼女が「あげちゃダメだよね」って確認してくる。ダメだと思うよって答えたけど、カモメたちはしばらく僕たちの周りをうろついていた。諦めたのか、やがて飛んでいく。空は少し曇っていて、でも雨が降る感じではなくて、ちょうどいい明るさだった。

実は僕、去年までこういう「何もしない時間」が苦手だった。常に何かしていないと落ち着かなくて、スマホを見たり、予定を詰め込んだり。でも彼女と一緒にいると、不思議とそういう焦りがない。ただ海を見て、風に吹かれて、パンを食べて、それだけで十分だって思える。

「次はどこ行く?」彼女が聞いてくる。どこでもいいよって答えたら、「じゃあもうちょっとこのまま歩こうか」って。それでまた歩き始める。目的地なんてない散歩。神戸港の海沿いを、ただゆっくりと。

遠くで船の汽笛が鳴った。低く、長い音。あの音を聞くといつも、どこか遠くへ行きたくなるんだけど、今日はそうでもなかった。ここでいいやって思えた。

彼女の歩くペースは僕より少し遅くて、いつも無意識に合わせている。今日もそう。特に意識しているわけじゃないけど、自然と歩幅が揃う。そういうのって、いいよねって思う。

夕方になる前に帰ろうかって話していたのに、気づいたらもう4時を過ぎていた。時間が経つのが早いのか、僕たちが歩くのが遅いのか。たぶん両方だ。

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