神戸・元町の高架下で、二人で歩くとちょうどいい理由

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元町の高架下って、なんであんなに居心地がいいんだろう。

JRの線路の真下に広がる商店街は、昼間でも薄暗くて、夏でもひんやりしている。天井が低いから声が反響するし、電車が通るたびにガタンゴトンって音が頭上から降ってくる。普通に考えたら落ち着かない場所のはずなのに、あそこを歩くと妙に心が静まるんだよね。

二人で歩いていたのは、たしか秋の終わりごろだったと思う。もう夕方の5時を回っていて、商店街の照明がぼんやりと灯りはじめていた。高架下の店って、古い喫茶店とか靴の修理屋とか、時代に取り残されたような店が多い。そういう店の看板を眺めながら、特に目的もなくふらふら歩いていた。相手は昔からの友人で、久しぶりに会ったから「とりあえず散歩でもしようか」ってことになったんだけど、どこに行くか決めてなくて。

元町の駅を降りて、商店街のアーケードを抜けて、気づいたら高架下に入り込んでいた。

あそこの空気感が好きなのは、たぶん「ちょうどいい距離感」があるからだと思う。広すぎず、狭すぎず。賑やかすぎず、静かすぎず。二人で並んで歩いても、肩がぶつからない程度の幅がある。話しながら歩くにはちょうどいいし、黙って歩いても気まずくならない。そういう絶妙なバランスがあるんだよね。途中で小さな公園があって、そこにはベンチが二つと、錆びた滑り台があった。誰もいなかったから、ちょっと座ってみることにした。ベンチの背もたれが冷たくて、秋の終わりを実感する。

ここで急に思い出したんだけど、昔この近くで迷子になったことがある。中学生のときで、友達と遊びに来て、帰り道がわからなくなって。結局、交番で道を聞いたんだけど、おまわりさんに「ここ駅から徒歩3分やで」って笑われた。あのときの恥ずかしさは今でも忘れられない…。

公園のベンチに座りながら、友人が「この辺、昔と全然変わってないよね」って言った。本当にそうで、10年前に来たときとほとんど景色が変わっていない。店の看板も、道の舗装も、高架の柱に貼られた古いポスターも。時間が止まっているみたいで、それがなんだか安心する。

高架下の店には、変わった名前の店が多い。たとえば「モトマチ・ドリーム商会」っていう雑貨屋があって、何を売っているのかよくわからないんだけど、ショーウィンドウにはレトロなおもちゃとか、昭和の雑誌とか、謎の置物とかが並んでいる。入ったことはないけど、いつか入ってみたいと思いながら、もう何年も通り過ぎている。

歩いていると、焼き鳥の匂いがしてきた。高架下の奥の方に、小さな居酒屋があって、そこから煙が漏れている。まだ夕方なのに、もう営業しているらしい。友人が「お腹空いたね」って言ったけど、僕らはそのまま歩き続けた。目的地がないから、立ち止まる理由もない。

元町の高架下は、観光地じゃない。ガイドブックにも載ってないし、インスタ映えするスポットもない。でも、だからこそいいんだと思う。誰かに見せるための場所じゃなくて、自分たちだけの時間を過ごすための場所。二人でのんびり歩くには、これ以上ない場所だと思う。

電車が通るたびに、頭上で鉄の音が響く。その音が消えると、また静かになる。その繰り返しが心地よくて、僕らは黙って歩き続けた。

結局、どこまで歩いたのかもよく覚えていない。気づいたら高架下を抜けていて、また別の商店街に出ていた。友人が「また来ようか」って言ったから、「うん」って答えた。

それだけの話。

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