神戸・三宮の夜に消えていく声たち

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金曜の夜、三宮のセンター街を歩いていたら、また追い抜かれた。

20代前半だろうか、5人くらいの集団が笑いながら私の横を通り過ぎていく。誰かが「マジで?」って叫んで、別の誰かが「ウケる〜」って返してる。その声が遠ざかっていくのを見送りながら、ああ、また置いていかれたなって思った。別に彼らと一緒にいたわけじゃないんだけど。

神戸に住んで3年目になる。最初の頃は、この街の賑やかさが新鮮だった。大阪ほどガチャガチャしてないし、京都みたいに気取ってもいない。ちょうどいい距離感で、人が行き交う街。三宮の駅前なんて、特に週末の夜は人の流れが途切れることがない。カップル、友達同士、一人で歩いてる人。それぞれが違う目的地に向かって、すれ違っていく。

でも最近気づいたんだけど、若い人たちのグループって独特の空気を纏ってるんだよね。

彼らが通り過ぎるとき、なんていうか、空間ごと持っていかれる感じがする。笑い声とか、香水の匂いとか、スマホの画面の光とか。そういうものが全部セットになって、ひとつの塊として移動していく。私はその外側にいて、ただ眺めてる。去年の秋、友達が「もう三宮とか行かなくなったわ〜」ってLINEしてきたことを思い出す。「若い子ばっかりで居場所ない感じする」って。その時は「まだそんな歳じゃないでしょ」って返したけど、今ならちょっとわかる気がする…だけど。

トアロードを下りながら、さっきのグループのことを考えてた。彼らはどこに向かってたんだろう。居酒屋か、カラオケか、それとも誰かの家か。きっと明日になったら、今日のことなんてほとんど覚えてないんだろうな。「昨日めっちゃ楽しかったよね」くらいの記憶になって、具体的に何を話したかなんて消えていく。

私が大学生の頃もそうだった。京都の河原町で夜遅くまで騒いで、終電逃して、でも全然平気だった。あの頃の私たちも、誰かにとっては「賑やかに過ぎ去っていく若い人のグループ」だったんだろう。道ですれ違った大人が、ちょっと疎外感を覚えながら、私たちの笑い声を聞いていたかもしれない。

三宮の交差点で信号待ちをしていると、また別のグループが横を通った。今度は女の子ばかりで、みんな同じようなヘアスタイルをしている。一人が「インスタ映えするかな?」って聞いて、別の子が「とりあえず撮ろ!」って答えてる。彼女たちの会話は途切れることなく続いていて、まるで一つの生き物みたいだった。

冬の冷たい空気の中で、彼女たちの吐く息が白く見えた。街灯の光に照らされて、その白い息がふわっと消えていく。

正直なところ、羨ましいとは思わない。あの賑やかさの中に戻りたいとも思わない。ただ、なんとなく寂しい。自分がもうあの輪の中にいないことが、じわじわと実感として迫ってくる。三宮を歩くたびに、その実感は少しずつ強くなっていく。

元町の方まで歩いて、小さなバーに入った。カウンターに座って、ジントニックを頼む。ここは「ハーバーサイド」っていう店で、常連らしき男性が一人、黙々とウイスキーを飲んでいた。静かだった。さっきまでの喧騒が嘘みたいに、静かだった。

バーテンダーが「今日は寒いですね」って話しかけてきて、私は「そうですね」とだけ答えた。それ以上、会話は続かなかった。別にいい。今はこの静けさが心地いい。

グラスを傾けながら、さっきすれ違った若い人たちは今頃どうしてるんだろうって考える。まだ盛り上がってるのか、それともそろそろ解散の時間か。明日になったら、また別のグループが三宮の街を賑やかに通り過ぎていくんだろう。そうやって、この街はずっと若い声で満たされ続ける。

私はもう、その声の中にはいない。

氷が溶けて、グラスの中で小さな音を立てた。店を出る頃には、もう日付が変わっていた。

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