
六甲山の中腹まで来ると、空気が違う。
ケーブルカーを降りて少し歩いたところにある六甲オルゴール館は、思っていたよりずっと静かな場所だった。観光地なのに妙に人が少なくて、二人で入館したときも館内にいたのは年配のご夫婦が一組だけ。靴音さえ響くような静けさの中で、受付の女性が小声で「次の演奏は15分後です」と教えてくれた。ロビーに置かれた古いソファに腰を降ろして待っていると、窓の外から鳥の声が聞こえてくる。都心から車で一時間も走れば、こんなに世界が変わるんだなと思った。
演奏室に案内されたとき、最初に目に入ったのは壁一面に並んだディスクオルゴールだった。金属の円盤が何枚も展示されていて、それぞれに細かい穴が開いている。説明によると、この穴の配置が音階を決めているらしい。正直、オルゴールって小さな箱に入った玩具みたいなものしか知らなくて、こんな大掛かりな装置だとは想像していなかった。
実は去年の冬、友人の結婚式の引き出物でもらった小さなオルゴールを落として壊したことがある。蓋を開けると「エリーゼのために」が流れる、手のひらサイズのやつ。床に落としたら中のシリンダーが歪んで、音程がずれたまま戻らなくなった。あれ、今でも引き出しの奥に入ってるんだけど。
照明が落とされて、演奏が始まった。係員の方が慎重にディスクをセットして、ハンドルを回す。最初の一音が鳴った瞬間、空気が変わった気がした。澄んだ金属音が静かな部屋に広がって、天井の高い空間にゆっくりと響いていく。隣に座っている人の呼吸の音さえ聞こえそうなくらい静かで、でもその静けさの中に音楽が満ちていく感覚。耳を澄ますというより、音に包まれるという表現のほうが正しい。
ディスクオルゴールの音色は、小さなオルゴールとは全然違っていた。もっと深くて、余韻が長い。一音一音がはっきりと聞こえるのに、全体としては柔らかい。不思議な音だなと思いながら聞いていると、曲が何だったのかさえ忘れてしまう。ただ音が流れていて、それを二人で聞いている。それだけのことなのに、なんだか特別な時間に感じられた。
二曲目が終わって、係員の方が別のディスクに交換する。その間の数十秒間、完全な静寂が訪れる。さっきまで音楽に満たされていた空間が、急に空っぽになったみたいで、耳の奥がシーンとした。外から聞こえる風の音が、やけに大きく感じられる。
三曲目は19世紀のワルツだった。ディスクの直径は50センチ以上あって、ゆっくりと回転しながら音を奏でる。金属の突起が櫛歯を弾いて音を出す仕組みらしいんだけど、そんな単純な構造からこんな複雑な音楽が生まれるのが信じられない。デジタル音源に慣れた耳には、この機械的な音色が逆に新鮮だった。
演奏が終わって外に出ると、午後の日差しが眩しかった。館内の薄暗さに目が慣れていたから、余計に光が強く感じられる。駐車場まで歩きながら、さっき聞いた音楽の余韻がまだ耳の中に残っている気がした。「良かったね」と言われて、「うん」とだけ答えた。何が良かったのか、うまく言葉にできなかったけど。
帰りの車の中で、カーステレオから流れる音楽がやけに騒々しく感じられた。音量を下げて、窓を少し開ける。山から下る道は曲がりくねっていて、ハンドルを切るたびに景色が変わる。神戸の街が眼下に広がって、その向こうに海が見える。
あのオルゴールの音、もう一度聞きたいかと聞かれたら、正直わからない。でも、あの静かな部屋で音に耳を澄ませた時間のことは、たぶん忘れないと思う。

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