
元町の駅を降りて、なんとなく高架下の方へ足が向いた。
あの独特の薄暗さが好きなんだよね、私は。天井が低くて、昼間なのに夕方みたいな光の加減になってる感じ。隣を歩く友人は「ちょっと寒くない?」って言ってたけど、確かに3月の終わりにしてはひんやりしてた。でも、その冷たさがまた心地よくて。高架下って、外の世界と少しだけズレた時間が流れてる気がする。
商店街に入ると、昭和の匂いがする。本当に匂いがするのか、記憶がそう思わせてるだけなのかわからないけど。古い喫茶店のコーヒーの香りと、靴屋の革の匂いと、どこからか漂ってくる油の匂い。看板も古いまま残ってて、手書きの値札が貼られた雑貨屋の前を通り過ぎる。
「何か買う?」って聞かれたけど、別に何も欲しくなかった。
ただ歩きたかっただけ。目的がないって、実は贅沢なことなんじゃないかって最近思うようになった。スマホで調べて、評判のいい店に行って、インスタに上げる写真を撮って…そういうのに疲れてたのかもしれない。高架下には「映える」ものなんて何もないから、逆に楽だった。
友人が急に立ち止まって、小さな古道具屋を覗き込んでる。ショーウィンドウには昔のカメラとか、よくわからない陶器とか、誰が買うんだろうっていうガラクタが並んでる。「これ、うちのおばあちゃん家にあった」って彼女が指さしたのは、花柄の魔法瓶だった。オレンジ色の、いかにも70年代って感じのやつ。そういえば私の実家にもあったな、あの魔法瓶。今どこにあるんだろう。
高架下を抜けると、小さな公園があった。
公園っていうか、広場? ベンチが三つと、錆びた滑り台がひとつ。子どもの声はしなくて、代わりに鳩が数羽、地面をつついてる。私たちは端っこのベンチに座って、自動販売機で買ったお茶を飲んだ。温かいお茶。缶を握ると、手のひらにじんわり熱が伝わってくる。
「ねえ、覚えてる? 大学のとき、終電逃して三宮で朝まで歩き回ったこと」って友人が唐突に言った。覚えてる。あのときも確か春先で、寒くて、でもタクシー代がもったいなくて、意地でも歩こうってなったんだ。結局、南京町の近くで夜明けを見た。あれから何年経ったんだろう。
今日はちゃんと帰れる時間だけど。
ベンチに座ったまま、行き交う人を眺める。おじいさんが犬を連れて通り過ぎた。犬種はよくわからないけど、小さくて茶色い犬。買い物袋を両手に抱えたおばさんが、重そうに歩いてる。高校生くらいの男の子二人が、スケボーを持って笑いながら駆けていく。みんな、それぞれの午後を生きてる。
友人が「お腹空いた」ってつぶやいた。時計を見たら、もう3時を回ってた。ランチの時間、完全に逃してる。「どうする?」って聞いたら、「もうちょっと歩く?」って返ってきた。
私たちはベンチを立って、また高架下の方へ戻った。さっきとは反対側の道。こっち側は飲食店が多くて、小さな中華料理屋とか、立ち飲み屋とか、「ミラノ亭」っていう謎のイタリアンとか。どの店も、入ったことはない。いつか入るかもしれないし、一生入らないかもしれない。
高架の柱に寄りかかって、また少し立ち止まる。電車が頭上を通り過ぎて、ゴゴゴゴって音が響く。振動が足元から伝わってくる。この感じ、嫌いじゃない。
「結局、何しに来たんだっけ」って友人が笑った。
何しに来たんだろうね。でも、それでいい気がする。目的のない散歩って、たぶんこういうものなんだと思う。神戸の高架下は、そういう時間を許してくれる場所だった。
駅に戻る頃には、もう夕方の光が差し込んできてた。

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