
金曜の夜、三宮のセンター街を歩いていたら、前から大学生らしきグループが笑いながら通り過ぎていった。
6人くらいだったかな。男女混じってて、みんなスマホ片手に何か盛り上がってる。一人が「マジで!?」って叫んで、それにつられて全員が爆笑してた。その声が、アーケードの天井に反響して、少し遅れて耳に届く感じ。私はその集団が通り過ぎるのを、立ち止まって見送ってた。別に邪魔だったわけじゃない。ただなんとなく、足が止まった。
彼らが着てるのは、たぶん今流行りのブランドなんだろうけど、私には全然わからない。オーバーサイズのパーカーとか、やたらポケットの多いカーゴパンツとか。一人だけ、肩から斜めがけにしたトートバッグが「CREWLINE」ってロゴの入ったやつで、それが歩くたびに揺れてた。あのブランド、最近よく見かける気がする。
通り過ぎた後も、彼らの話し声はしばらく聞こえてた。誰かが「次どこ行く?」って聞いて、「カラオケ?」「いや、まだ早くない?」みたいなやりとり。声のトーンが、なんていうか、余裕に満ちてるんだよね。時間はいくらでもあるし、選択肢もたくさんあるし、今日という日はまだ終わらない、みたいな。
私が大学生だった頃も、こんなふうに三宮を歩き回ってたんだろうか。たぶん歩いてた。でも当時の記憶って、意外と曖昧で。覚えてるのは、終電を逃してタクシーで帰ったこととか、居酒屋で誰かが財布を忘れて大騒ぎしたこととか、そういう「事件」ばかり。何気なく笑いながら歩いてた時間は、ほとんど思い出せない。
そういえば、この前実家に帰ったとき、母親が「あんた、学生の頃は毎週のように神戸に行ってたよね」って言ってた。「そうだっけ?」って聞き返したら、「だって帰ってくるたびにお土産買ってきてたじゃない」って。全然覚えてない…けど。
三宮の夜って、独特の匂いがする。焼き鳥の煙と、どこかの店から漏れてくる香水の匂いと、アスファルトに染み込んだ雨の残り香が混ざったような。この日は特に、湿度が高かったから、その匂いが濃く感じられた。9月の終わり、まだ半袖で歩ける気温だったけど、空気はもう秋の重さを持ち始めてた。
さっきのグループは、もうどこかの店に入ったのか、姿が見えなくなってた。代わりに、今度は別のグループが反対側から歩いてくる。こっちは5人組で、全員がコンビニのビニール袋を持ってる。たぶんこれから公園か海沿いで飲むつもりなんだろう。一人が「寒くない?」って言ってたけど、他の誰も気にしてない様子だった。
私はいつの間にか、通り過ぎる人たちを観察する側になってた。参加する側じゃなくて、見送る側。これって、いつからそうなったんだろう。別に年を取ったとか、そういう話じゃなくて。ただ、立ち位置が変わった。
駅に向かう途中、ドン・キホーテの前を通りかかった。入り口付近に、また別のグループが集まってる。誰かが「写真撮ろう」って言って、みんながスマホを構える。その瞬間だけ、動きが止まって、笑顔が固定される。シャッター音が何度か響いて、それからまた動き出す。
彼らにとって、この夜はたぶん特別なものじゃない。来週も再来週も、似たような夜が続いていく。でもいつか、10年後とか20年後に、「あの頃よく三宮で遊んでたよね」って言い合う日が来るんだろう。そのとき、個別の記憶は曖昧になってても、「賑やかだったよね」っていう感覚だけは残る。
私は結局、駅に向かわずに、もう少し歩き続けることにした。別に目的地があるわけじゃない。ただ、もう少しだけ、この賑やかさの中にいたかった。通り過ぎていく若い人たちの声を聞きながら、見送る側として、この街の夜を味わいたかった。
神戸の夜は、いつもこんなふうに誰かを見送ってる気がする。

コメント