
三宮の駅前で信号待ちをしていたら、背後から急に笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、大学生くらいの男女5、6人のグループが、スマホの画面を覗き込みながらこっちに向かってくる。誰かが撮った変顔の写真でも見てるんだろう、一人の女の子が「やばい、これ最悪〜!」って叫びながら画面を奪おうとしてて、それをひょいひょいとかわす男子。典型的な、あの感じ。私の横をすり抜けていくとき、ふわっと甘ったるい香水の匂いがした。たぶんサボンとかその系統の、若い子がみんな使ってるやつ。
信号が青になって、彼らは横断歩道を渡っていく。私はそのまま反対方向へ歩き出したんだけど、なんとなく後ろ髪を引かれるような気持ちになった。別に知り合いでもなんでもないのに…だけど。
神戸って街は、こういう若者のグループをよく見かける。とくに三宮あたりは夕方から夜にかけて、どこからともなく湧いて出てくる。センター街を抜けて、居酒屋に向かう子たち。カラオケの看板の前で「どこ行く?」って相談してる子たち。ファストファッションの袋を両手に抱えて、次はタピオカ屋に寄ろうとしてる子たち。
私が大学生だったのは、もう10年以上前になる。当時はまだスマホも普及してなくて、待ち合わせに遅れたら公衆電話を探してた。懐かしいとかじゃなくて、単純に不便だったなって思う。友達と三宮で集合するときも、「JRの改札前ね」って決めてたのに、JRの改札って東口と西口があるじゃん? で、お互い違う改札で30分くらい待ちぼうけ食らったこともあった。今思えばどっちかが少し歩けばよかっただけなんだけど、当時は「絶対ここで待つって言ったもん!」ってお互い意地張って動かなかったんだよね。
あの頃の私たちも、きっと誰かの目にはこんなふうに映ってたんだろう。賑やかで、何かに夢中で、周りなんて気にしてなくて。
三宮の夜は、曜日を問わず人が多い。金曜の夜なんて特にすごくて、駅前のロータリーなんて人、人、人。タクシー待ちの列ができて、その横を通り過ぎていく若者たちの群れ。みんな声が大きい。別に酔ってるわけでもないのに、なぜかテンションが高い。街全体が、何かのお祭りみたいな空気を纏ってる。
私はといえば、最近はもう早い時間に家路につくことが多くなった。22時を過ぎると、なんだか疲れちゃって。若い子たちにとっては、22時なんてまだ序の口なんだろうけど。
さっきの彼らは、この後どこへ行くんだろう。居酒屋で生ビール頼んで、唐揚げつついて、誰かの恋愛話で盛り上がるのかな。それともカラオケボックスで朝まで歌うのかな。深夜のファミレスで、意味もなくだらだら過ごすのかもしれない。
どれも正解で、どれも間違いじゃない。
ただ確実に言えるのは、彼らにとって今日という日は特別な一日じゃないってこと。来週も再来週も、似たような夜がやってくる。友達と集まって、笑って、騒いで、また解散する。その繰り返し。
でもいつか、ふとした瞬間に気づくんだと思う。あの頃の夜が、実はすごく貴重だったって。当たり前みたいに毎週会えてた友達と、だんだん予定が合わなくなっていく。就職して、結婚して、子どもができて。気づいたら年に一回会えればいい方になってる。
私の場合は、大学時代によく遊んでた友達グループが6人いたんだけど、今でも連絡取り合ってるのは2人だけ。残りの4人とは、SNSで繋がってはいるものの、もう何年も直接会ってない。別に喧嘩したわけじゃない。ただ、なんとなく疎遠になった。
三宮の交差点で、また別のグループとすれ違う。今度は女の子だけ、4人組。一人がスマホで自撮りしてて、他の3人がそれに寄り添ってピースサイン。フラッシュが光って、「もう一回!」って声。何度も何度も撮り直してる。完璧な一枚を求めて。
私はそのまま歩き続ける。彼女たちの笑い声が、だんだん遠ざかっていく。
神戸の夜は、こうやって誰かの青春を乗せて、今日も回っていく。私はもうその輪の中にはいないけれど、たまにこうして横を通り過ぎるだけで、なんだか少しだけ温かい気持ちになれる。
それでいいのかもしれない。


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