
六甲山の中腹って、意外と寒い。
夏の終わりだったと思う。神戸の街は蒸し暑かったのに、ケーブルカーで登ったらひんやりした空気が肌にまとわりついて、半袖で来たことを少し後悔した。オルゴール館の入り口には誰もいなくて、木造の建物が静かに佇んでいるだけ。中に入ると受付の人が小さく会釈してくれて、私たちは靴音を立てないように歩き始めた。
最初の部屋に入った瞬間、空気が変わった。外の風の音も、遠くの車の音も、全部遮断されて、まるで水の中にいるみたいに静かだった。展示されているオルゴールは思ったよりずっと大きくて、家具みたいなサイズのものもある。ガラスケースの中で、金色の円盤や歯車がじっとこちらを見ている。触れたら壊れそうで、でもすごく触りたくて、そんな矛盾した気持ちになる。
ディスクオルゴールの実演が始まるまで少し時間があって、私たちは展示を眺めながらぶらぶらした。彼女は小さなオルゴールの前で立ち止まって、ガラス越しに覗き込んでいた。「これ、何の曲だと思う?」って聞かれたけど、私は全然わからなくて適当に「モーツァルト?」って答えたら「絶対違う」って笑われた。実際、プレートには「ショパン」って書いてあった。クラシック音楽、全部同じに聞こえるんだよね…だけど。
実演が始まる時間になって、係の人が別室に案内してくれた。
薄暗い部屋の中央に、巨大なディスクオルゴールが置いてある。直径1メートルくらいある金属の円盤が、機械の上に載っている。係の人が簡単に説明してくれて、それから慎重にディスクをセットした。ハンドルをゆっくり回すと、最初はギシギシという機械音だけだったのに、突然、透明な音が部屋中に広がった。
あの音、なんて表現すればいいんだろう。金属的なんだけど冷たくなくて、むしろ温かみがある。一音一音が粒立っていて、でも溶け合っていて、空気を震わせながら耳の奥まで届いてくる。デジタルの音楽に慣れた耳には、逆に新鮮に感じた。音と音の間の静寂まで、ちゃんと意味があるみたいに聞こえる。
隣に座っている彼女の横顔を盗み見たら、目を閉じて聴いていた。普段はよく喋る人なのに、このときは完全に音楽の中に入り込んでいるみたいだった。私も目を閉じてみる。するとオルゴールの音だけじゃなくて、古い木造建築特有のきしむ音とか、誰かが息を吸う音とか、そういう小さな音まで聞こえてくる。
そういえば去年、渋谷のタワーレコードで爆音でロックを聴いていたときは、こんな風に音を「聴く」感覚なんてなかった。ただ音に浸かっているだけで、一音一音を追いかけるなんてしなかった。音楽の聴き方って、場所で全然変わるんだなって思った。
一曲が終わって、係の人が別のディスクに交換する。今度は少し明るい曲調で、ワルツだって説明された。回転する円盤を見ていると、小さな突起が規則正しく並んでいるのが見える。あの突起が金属の櫛を弾いて音を出している。アナログって、こういうことなんだ。目に見える仕組みで音楽が生まれている。
二曲目が終わって、実演は終了した。
出口に向かう途中、小さなショップがあって、オルゴールが売られていた。値段を見たら、小さいやつでも結構する。彼女が「買う?」って聞いてきたけど、私は首を横に振った。ここで聴いたから意味があるんだと思う。家に持って帰ったら、たぶん違う音に聞こえる。
外に出ると、夕方の光が山を照らしていた。神戸の街が遠くに見えて、港の方までぼんやり霞んでいる。さっきまでの静寂から一気に現実に戻された感じがして、少しだけめまいがした。彼女が「お腹空いた」って言って、私たちは山を降りることにした。
帰りのケーブルカーの中で、彼女が「また来たいね」って言った。私は「うん」とだけ答えた。本当にまた来るかどうかはわからない。でも、あの音は確かに耳に残っている。


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