
元町の高架下って、なんであんなに落ち着くんだろう。
初めて彼女とあの場所を歩いたのは、確か去年の秋口だったと思う。本当はもっと華やかな場所に行く予定だったんだけど、三宮で乗り換えを間違えて元町に着いちゃって。「まあ、せっかくだし」って感じで改札を出たら、目の前に広がっていたのがあの独特な空間だった。薄暗い高架下に、昭和の匂いがする小さな店がずらっと並んでて、なんというか時間が止まってるみたいな感覚。
彼女は最初、「ここ大丈夫?」みたいな顔してたけど。
歩き始めて5分もしないうちに、二人とも妙にリラックスしてた気がする。高架を電車が通るたびにゴトゴトって音が響いて、その振動が足元から伝わってくる。あの感覚、嫌いじゃない。むしろ好き。都会にいるのに都会じゃない、みたいな不思議な浮遊感があって、会話も自然と弾むんだよね。「あの店、何売ってるんだろう」とか「この看板、昭和何年からあるんだろう」とか、どうでもいいことばっかり話してた。
途中で見つけた喫茶店、名前は「カフェ・モトマチアン」っていうんだけど、入り口が狭くて最初は通り過ぎちゃったんだよね。でも彼女が「さっき変な店あった」って引き返して、二人で覗いてみたら、中はめちゃくちゃレトロで素敵だった。赤いビニールのソファとか、年季の入ったカウンターとか。結局その日は入らなかったんだけど、今度行こうねって約束だけして先に進んだ。
高架下の商店街って、目的なく歩くのが一番いいと思う。
何か買おうとか、どこか行こうとか、そういう気負いがないから楽なんだよね。実際、僕らもその日は何も買わなかった。ただ店を眺めて、たまに立ち止まって、また歩き出す。それだけ。でもそれがすごく贅沢に感じられた。夕方の斜めに差し込む光が、アーケードの隙間から入ってきて、埃っぽい空気を照らしてる景色とか、今でも鮮明に覚えてる。
そういえば、高架下を抜けた先に小さな公園があったんだよね。名前も何もない、ベンチが三つくらいあるだけの場所。でもそこで二人で座って、自販機で買った缶コーヒー飲みながらぼーっとしてた時間が、あの日で一番良かったかもしれない。公園っていうか、空き地に近いような場所だったけど。
僕は昔から、計画通りに進むデートが苦手で。ちゃんとしたレストラン予約して、映画のチケット取って、って段取りを組むと、なぜか疲れちゃうんだよね。失敗したくない気持ちが強すぎて、楽しむ余裕がなくなるというか。だから元町のあの日みたいに、何も決めてない状態で偶然見つけた場所をふらふらするのが、自分には合ってるんだと思う。
彼女も同じタイプだったのが救いだった。「次どうする?」って聞いても「わかんない、適当でいいよ」って返してくれるから、二人で迷子になりながら歩ける。高架下の奥の方に行くと、もっとディープな雰囲気になってきて、工具屋とか古本屋とか、誰が買うんだろうっていう商品が並んでる店が増えてくる。そういう場所を二人で「これ何?」「知らん」って言いながら眺めてるだけで、なんか笑えてくるんだよね。
ちなみに僕、あの日財布を家に忘れてきてて。彼女に全部奢ってもらったんだけど、それも含めていい思い出になってる…って言ったら怒られるかな。
結局、元町の高架下で過ごしたのは2時間くらいだったと思う。長いようで短い時間。でもその2時間が、高級レストランで過ごす3時間よりずっと濃かった気がする。帰り道、「また来ようね」って彼女が言ってくれて、僕も「うん」って答えたけど、実はまだ行けてない。
行こうと思えばいつでも行けるから、逆に行かないのかもしれない。それとも、あの日の感覚をそのまま残しておきたいのかも。


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