
須磨海岸って、夏だけ別の場所になる。
7月の終わりごろ、友達に誘われて久しぶりに行ったんだけど、駅を降りた瞬間から空気が違うんだよね。潮の匂いと日焼け止めと焼きそばの匂いが混ざって、ああ夏だなって思う。改札を出てすぐ、ビーチサンダルの音がぺたぺた響いてて、みんな浮かれてる。私も浮かれてた。海に入るつもりもないのに、なぜかテンションが上がる。
砂浜に出ると、もう人だらけ。パラソルが色とりどりに並んでて、子どもたちが叫びながら波打ち際を走り回ってる。カップルがビーチボールで遊んでて、おじさんたちはクーラーボックスの前で缶ビール片手に笑ってる。私たちも適当に場所を確保して、とりあえず座った。砂が熱くて、タオル敷いてもじりじり伝わってくる感じ。波の音と人の声が混ざって、なんだか心地よくて、気づいたらぼーっとしてた。
泳がないって決めてたのに、足だけ浸かりに行ったら結局ずぶ濡れになった。波って予想以上に来るんだよね。気を抜いた瞬間にざばーんって。周りの人たちもみんな笑ってて、夏の須磨海岸ってこういう場所なんだって思った。開放感がすごい。普段なら恥ずかしいようなことも、ここでは許される気がする。
そういえば、去年の冬に一度だけ須磨に来たことがある。
全然違う目的で、ただ散歩がしたくて電車に乗った。冬の須磨海岸なんて誰も行かないだろうと思ってたけど、実際に着いてみたら本当に誰もいなかった。夏にあんなに賑わってた砂浜が、嘘みたいに静かで、風だけが強くて、波の音だけが響いてる。海の家は全部閉まってて、パラソルもビーチボールも何もない。ただ砂と海と空だけ。
その静けさが妙に心地よくて、しばらく歩いてた。砂浜を歩くと足跡がくっきり残るんだけど、冬の砂って夏より硬い気がする。波打ち際を歩いてると、たまに貝殻が転がってて、綺麗なやつを拾ったりして。誰にも会わないから、変な歩き方しても平気だし、独り言も言い放題。冬の須磨は、夏とは全く別の顔を持ってる。
夏の須磨海岸が「イベント会場」なら、冬の須磨海岸は「散歩道」って感じ。どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、用途が違う。夏は人と一緒に騒ぎたい時に行く場所で、冬は一人で考え事したい時に行く場所。同じ砂浜なのに、季節が変わるだけでこんなに印象が変わるのが面白い。
神戸に住んでると、海が近いのが当たり前になりすぎて、逆に行かなくなるんだよね。須磨海岸も、観光客や遠くから来る人たちの方がよっぽど楽しんでる気がする。地元民は「ああ、須磨ね」って感じで素通りしちゃう。もったいないなとは思うけど、でもそれが日常ってやつなんだろうな。
春先とか秋口に行くのもいいかもしれない。中途半端な時期って、人もまばらだし、気温もちょうどいいし。夏ほど暑くないから、砂浜でのんびり座ってても苦にならない。海に入る人はほとんどいないけど、散歩してる人とかジョギングしてる人はちらほらいる。犬の散歩してる人も多い。犬、楽しそうに走り回ってるんだよね。
須磨海岸の近くには水族館もあって、子どもの頃よく行った。イルカのショーが好きだったな。今もやってるのかな。最近行ってないから分からないけど、また行ってみたい気もする。水族館って、大人になってから行くとまた違う楽しさがあるって聞くし。
結局、須磨海岸の魅力って何なのかって考えると、答えは出ない。夏の賑やかさも好きだし、冬の静けさも好き。ただそこに海があって、砂浜があって、いつでも行ける距離にあるってだけで十分なのかもしれない。特別なことは何もないけど、だからこそいい。
次はいつ行こうかな。


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