
神戸港の防波堤に腰かけて、靴紐を結び直していた。
海風が思ったより強くて、さっきから髪が顔にまとわりついてうっとうしい。彼女は私の隣で缶コーヒーを両手で包んで、波の音をぼんやり聞いている。デートっていうほど気合を入れた感じでもなくて、なんとなく「散歩でもする?」って誘ったら「いいよ」って返ってきて、それだけ。特に行き先も決めてなかった。午後2時くらいだったかな、陽射しが斜めになりかけてて、ちょうど歩くには心地いい温度だった。
防波堤の向こうに停泊してる船が見える。あれ、貨物船なのかフェリーなのか全然わからないけど、とにかくでかい。白と紺のツートンカラーで、側面に「MARINE STELLA」って書いてある。嘘か本当か知らないけど、なんかかっこいい名前だなと思う。
彼女が「お腹すいた」って言い出したのは、たぶん歩き始めてから1時間くらい経った頃。私も実はちょっと空腹を感じてたんだけど、なんとなく言い出すタイミングを逃してた。「じゃあどっか入る?」って聞いたら、「うーん、でももうちょっと歩きたい」って返ってくる。
結局そのまま港沿いをだらだら歩き続けた。途中で猫がいて、彼女がしゃがみこんで「こっちおいで」とか言ってる。猫は完全に無視してどっか行っちゃったけど。私はその間、近くの自販機で冷たいお茶を買って、ラベルを剥がしながら待ってた。
そういえば去年の夏、友達と花火大会に来たときのことを思い出した。あのときも神戸港だったんだけど、人が多すぎて全然前に進めなくて、結局花火をまともに見られずに終わった。浴衣で来てた友達が「足痛い」ってずっと文句言ってて、私も正直イライラしてたっけ…。今日みたいにのんびり歩けるほうが、私には合ってる気がする。人混みって苦手なんだよね、昔から。
彼女が急に立ち止まって、「あそこ」って指差す方を見ると、小さなベンチがあった。ペンキが剥げかけてて、誰も座ってない。「休憩する?」って聞いたら、首を横に振って「景色がいいなって思っただけ」と言う。
確かに、そこから見える海はきれいだった。夕方に近づいてきて、水面がオレンジ色に染まり始めてる。波の音も、さっきよりやわらかく聞こえる気がした。潮の匂いが鼻をくすぐって、ああ、海に来てるんだなって実感する。
「ねえ、今日って何日だっけ?」って彼女が急に聞いてきた。「えっと…14日?」って答えたら、「そっか」とだけ返ってくる。なんだったんだろう、あの質問。特に意味はなかったのかもしれない。私たちの会話って、わりとそういう感じだ。
歩きながら、ふと彼女の横顔を見る。風で前髪が乱れてて、ちょっと眉間にシワが寄ってる。「どうしたの?」って聞いたら、「いや、目にゴミ入った」って言いながら目をこすってた。そういうところ、なんか好きだなって思う。変に取り繕わないところ。
港の端のほうまで来ると、人がほとんどいなくなった。カモメの鳴き声だけが響いてて、なんだか映画のワンシーンみたいだなって思った。べつに感動してるわけじゃないけど、悪くない時間の使い方だと思う。スマホを取り出して時刻を確認すると、もう4時を過ぎてた。
「そろそろ帰る?」って聞いたら、彼女は「もうちょっとだけ」って答えた。
だからもうちょっとだけ、歩き続けることにした。目的地なんてなくても、こういう時間は案外悪くない。明日になったら忘れちゃうかもしれないけど、今はこれでいい気がしてる。海風が頬を撫でていく。冷たいけど、心地いい。


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