
休日の朝、少し早起きして神戸港へ向かう電車の中で、窓の外を流れる景色を眺めながら、今日のデートのことを考えていた。久しぶりにゆっくりと時間が取れる週末、特別な予定を詰め込むのではなく、ただふたりでのんびりと歩きたいと思っていた。隣に座る彼女も同じ気持ちだったようで、「今日は何も考えずに、ただ歩こうね」と微笑んだ。その笑顔を見て、今日が素敵な一日になる予感がした。
神戸港に到着すると、まず感じたのは心地よい海風だった。都会の喧騒から少し離れたこの場所は、潮の香りと穏やかな波の音に包まれている。メリケンパークを抜けて、港沿いの遊歩道を歩き始めると、朝の光が海面にきらきらと反射して、まるで無数の宝石が散りばめられているようだった。彼女が「きれい」と呟いて、私の腕に軽く手を添えてくる。その温もりが、海風の涼しさと相まって、ちょうどいいバランスを生み出していた。
遊歩道には、同じように散歩を楽しむ人々の姿があった。ジョギングをする人、犬を連れて歩く家族、ベンチに座って海を眺めるカップル。それぞれが思い思いの時間を過ごしている様子が、この場所の穏やかな雰囲気をさらに引き立てていた。私たちも特に目的地を決めず、ただ足の向くままに歩いていく。そんな気ままさが、デートの醍醐味だと感じていた。
神戸ポートタワーが見えてくると、彼女が「あそこから見る景色もいいよね」と言った。以前、一度だけ登ったことがあるタワーからの眺めは確かに素晴らしかったが、今日は下から見上げるだけで十分だった。赤い独特のフォルムが青い空に映えて、それだけで絵になる風景だった。写真を撮ろうかとスマートフォンを取り出したが、彼女が「今日は写真よりも、目に焼き付けようよ」と提案してくれた。その言葉に頷いて、ポケットにしまった。確かに、記録することに夢中になるよりも、この瞬間をしっかりと感じることの方が大切だと思った。
ハーバーランドの方へ足を延ばすと、カフェやレストランが立ち並ぶエリアに出た。少し歩き疲れたこともあって、海が見えるテラス席のあるカフェに入ることにした。注文したのは、アイスコーヒーとレモンケーキ。シンプルだけれど、それがちょうどいい。テラス席に座ると、また海風が優しく頬を撫でていく。彼女が「この風、本当に気持ちいいね」と目を細めた。その横顔を見ながら、こんな何気ない時間が、実は一番贅沢なのかもしれないと思った。
ケーキを分け合いながら、たわいもない話をする。最近読んだ本のこと、仕事での出来事、次に行ってみたい場所のこと。会話の内容は特別ではないけれど、こうしてゆっくりと話せる時間が嬉しかった。忙しい日々の中で、ふたりで向き合って話す時間は意外と少ない。神戸港という開放的な場所だからこそ、心も自然と開いていくような気がした。
カフェを出て、再び歩き始める。今度は少し内陸の方へ向かい、レンガ倉庫が並ぶエリアを抜けていった。古い建物が大切に保存され、新しい用途で生まれ変わっている様子は、神戸という街の歴史と現代が共存している証のようだった。彼女が「この街、歩くたびに新しい発見があるね」と言った。本当にその通りで、何度訪れても飽きることがない。それは、街そのものが持つ多様性と、その時々の自分たちの心の状態が重なり合って、毎回違った表情を見せてくれるからだろう。
昼過ぎになると、少しお腹が空いてきた。神戸といえば、やはり美味しいものが多い街だ。港町ならではの新鮮な魚介類、異国情緒あふれる洋食、そして神戸ビーフ。選択肢は無限にあったが、今日の気分は軽やかなランチがいいと思い、パスタの美味しい小さなイタリアンレストランに入った。窓際の席に座ると、そこからも海が見えた。神戸港の魅力は、どこにいても海を感じられることかもしれない。
食事をしながら、午後はどうしようかと相談する。特に予定はないけれど、それがいい。計画通りに動くデートも楽しいけれど、その時の気分で決められる自由さも同じくらい素敵だ。結局、食後はもう少し海沿いを歩いてから、北野の異人館街まで足を延ばすことにした。坂道は少しきついけれど、その先に待つ景色と雰囲気を思うと、歩く価値は十分にある。
神戸港を後にして、緩やかな坂道を登り始める。振り返ると、海が少しずつ遠くなっていくのが見えた。でも、海風はまだ届いていて、その涼しさが坂道の疲れを和らげてくれる。彼女の手を取って、ゆっくりと登っていく。急ぐ必要はない。今日は、ふたりの時間を大切に、のんびりと過ごす日なのだから。
こうして、神戸港から始まった私たちの休日は、海風に導かれるように、街の中をゆっくりと進んでいく。特別なイベントがあるわけでもなく、豪華な場所へ行くわけでもない。ただ、ふたりで歩き、話し、笑い、時には黙って景色を眺める。そんなシンプルな時間の積み重ねが、かけがえのない思い出になっていく。神戸という街が持つ穏やかさと多様性が、私たちのデートを優しく包み込んでくれていた。


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