春の陽気に誘われて、私たちは神戸・元町の高架下を歩くことにした。JR元町駅を降りると、すぐそこに広がる高架下商店街。この街を知り尽くしているはずなのに、二人で歩くと新しい発見に満ちている。
高架下商店街は、まるで時が止まったような不思議な空間だ。昭和の雰囲気を残しながらも、最近では若い世代向けの洋服店やカフェも増えてきて、古きと新しきが絶妙なバランスで共存している。頭上を走る電車の轟音が、どこか懐かしい都会の BGM のように響く。
「ねぇ、このお店、前から気になってたんだ」
彼女が指さした先には、レトロな看板を掲げた古本屋があった。店内に入ると、古書の香りと共に、ゆっくりと時が流れているような感覚に包まれる。棚には歴史のある洋書や、懐かしい漫画が所狭しと並んでいる。彼女は児童書コーナーで、自分が子供の頃に読んでいた絵本を見つけ、目を輝かせた。
高架下を進んでいくと、老舗の和菓子屋から漂う甘い香りに誘われる。創業70年を超えるという店内には、季節の上生菓子が美しく並べられていた。店主のおばあちゃんが、にこやかに接客する姿に温かみを感じる。私たちは迷わず、できたての桜餅を購入した。
「こっちの道を行くと、いい場所があるんだ」
私は彼女の手を取り、高架下から少し外れた場所へと案内した。そこには小さな公園があり、ベンチに腰掛けながら、購入したばかりの桜餅をほおばる。高架下とは違う、開放的な空気が心地よい。
公園では子供たちが元気に遊び、近所のお年寄りがゆっくりと散歩を楽しんでいる。神戸の街並みを背景に、日常の穏やかな風景が広がっている。高架下商店街の賑わいとは対照的な、静かな時間が流れていた。
「この公園、知らなかった。素敵な場所だね」
彼女の言葉に頷きながら、私たちは再び高架下へと戻っていく。今度は反対側の通りを歩くことにした。こちらには、昔ながらの八百屋や魚屋が軒を連ねている。新鮮な野菜や魚が所狭しと並び、活気に満ちている。
途中、50年以上続く喫茶店に足を踏み入れた。重厚な木の扉を開けると、懐かしい珈琲の香りが漂ってくる。赤い革張りのソファに腰掛け、名物のホットケーキセットを注文する。厚みのあるホットケーキは、昔ながらの素朴な味わい。ゆっくりとした時間の中で、私たちは他愛もない会話を楽しんだ。
「この街って、いつ来ても新しい発見があるよね」
確かに、元町の高架下は訪れるたびに違った表情を見せてくれる。老舗の店々は変わらぬ味と雰囲気を守りながら、新しい店舗も次々とオープンしている。その調和が、この街の魅力を作り出しているのかもしれない。
夕暮れ時になり、高架下に並ぶ提灯に明かりが灯り始めた。昼間とは違う、温かな光に包まれた商店街。夜の営業準備を始める居酒屋からは、だしの香りが漂ってくる。
「今度は夜に来てみたいね」
彼女の言葉に、私も同意する。昼と夜で表情を変える元町の高架下は、まるで生き物のように、時間とともに姿を変えていく。
帰り際、私たちは高架下の小さな雑貨店で、お揃いのストラップを見つけた。神戸を象徴するポートタワーをモチーフにしたその小物は、今日の思い出の品となった。
元町の高架下は、単なる商店街以上の存在だ。人々の暮らしや思い出が詰まった、神戸の歴史そのものとも言える場所。そこには、時代の流れとともに変化しながらも、変わらない温かさが息づいている。
電車に乗り込む直前、私たちは今日歩いた高架下を振り返った。レトロな看板や提灯の明かり、行き交う人々の笑顔。それらが織りなす風景は、まるで一枚の古い写真のように心に焼き付いていく。
「また来ようね」
その言葉には、この街への愛着と、新たな発見への期待が込められていた。神戸・元町の高架下は、これからも私たちの大切な思い出の場所であり続けるだろう。時が経っても色褪せない、そんな特別な場所として。
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