神戸港に吹く海風と、二人だけの時間

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週末の朝、少し早めに目が覚めた。窓から差し込む柔らかな光が、今日という日の始まりを優しく告げている。彼から「神戸港を散歩しない?」と誘われたのは、確か三日前のことだった。特別な予定があるわけではない。ただ二人でのんびりと歩きたい。そんな気持ちが嬉しくて、私は迷わず頷いた。

待ち合わせ場所のメリケンパークに着くと、彼はいつものように少し早く来ていた。「おはよう」と交わす挨拶も、休日の朝だからか、いつもより穏やかに響く。神戸港の景色は何度見ても飽きることがない。赤いポートタワーが青空に映え、海の向こうには六甲の山並みが静かに佇んでいる。

「どっちから歩く?」彼が尋ねる。「海沿いがいいな」と答えると、彼は笑って「そうだと思った」と言った。私たちはゆっくりと歩き始める。特に目的地があるわけではない。ただ、この心地よい海風を感じながら、隣に彼がいる。それだけで十分だった。

神戸港の遊歩道は、休日の朝でも混雑していない。ジョギングをする人、犬を連れて散歩する人、ベンチで海を眺める老夫婦。それぞれが思い思いの時間を過ごしている。私たちも、そんな風景の一部になっているのだろう。海風が髪を揺らす。少し塩の香りがする風は、街中では感じられない特別なものだ。

「この風、気持ちいいね」彼が言う。「うん、本当に」私は答える。会話はそれだけで途切れるけれど、沈黙が重くない。むしろ、言葉にしなくても通じ合える何かが、二人の間に流れている気がした。デートというと、どこか特別なことをしなければいけないような気がしてしまうけれど、本当に大切なのは、こうして同じ時間を共有することなのかもしれない。

ハーバーランドの方へ足を向けると、観覧車が見えてきた。「乗ってみる?」彼が提案する。「いいね」と答えながら、私は少し照れくさい気持ちになる。観覧車なんて、どこかベタなデートスポットだけれど、だからこそ素直に楽しめる気がした。

ゴンドラに乗り込むと、神戸港の景色がゆっくりと眼下に広がっていく。海風は届かないけれど、窓越しに見る港の風景は、地上で見るのとはまた違った美しさがあった。「きれいだね」私が呟くと、彼は「うん」とだけ答えて、私の手をそっと握った。その温もりが、この瞬間をより特別なものにしてくれる。

観覧車を降りた後、私たちはカフェに入った。テラス席から見える神戸港は、少しずつ賑やかさを増している。コーヒーを飲みながら、他愛もない話をする。仕事のこと、最近見た映画のこと、次の休みにどこへ行こうかということ。何気ない会話だけれど、こういう時間が何より大切なのだと、最近よく思う。

「そろそろ歩こうか」彼が言う。「もう少しここにいたいな」と私が答えると、彼は笑って「じゃあ、もう一杯飲もうか」と言った。急ぐ必要なんてない。今日という日は、まだまだ続いていく。

再び歩き始めた頃には、太陽も少し高くなっていた。海風は相変わらず心地よく、時折強く吹いては、二人の間を通り抜けていく。神戸港の景色は、時間帯によって表情を変える。朝の静けさとは違う、昼の活気が港に満ちてきていた。

モザイクの前を通り過ぎ、さらに奥へと歩いていく。どこまで行こうか、特に決めていない。疲れたら休めばいい。お腹が空いたら何か食べればいい。そんな気楽さが、この散歩を特別なものにしている。

「ねえ、あそこのベンチで少し休まない?」私が提案すると、彼は頷いた。ベンチに座って海を眺める。波の音が、遠くから聞こえてくる。船が港を出ていく様子が見える。どこへ向かうのだろう。そんなことを考えながら、ただぼんやりと海を見つめる。

「また来ようね」彼が言った。「うん、また来よう」私は答える。神戸港は、いつでも私たちを迎えてくれる。海風は、いつでも優しく吹いている。そして、こうして二人で歩く時間は、何よりも贅沢なものだと思う。

特別なことは何もない一日。でも、だからこそ心に残る一日。神戸港の海風と、隣を歩く彼の存在が、普通の休日を特別な思い出に変えてくれる。デートとは、きっとこういうものなのだろう。派手さはないけれど、確かに心が満たされていく。そんな時間を、これからも大切にしていきたいと思った。

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