神戸港で海風に吹かれながら歩いた日のこと

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あの日は確か、10月の終わりだったと思う。

神戸港の海沿いを歩いていたんだけど、あれって本当にいつ行っても気持ちがいい。朝の9時過ぎくらいだったかな。平日だったから観光客もまばらで、海風がまっすぐこっちに向かって吹いてくる感じがした。潮の匂いと、どこかのカフェから漂ってくるコーヒーの香りが混ざって、なんとも言えない空気感だった。

彼女は歩くのが遅い人で、私が少し先を歩いてはふと振り返ると、いつも3メートルくらい後ろにいる。別に急いでいるわけじゃないから、それでいいんだけど。その日も私が勝手に先へ進んで、気づいたら彼女が船着き場のベンチに座ってスマホをいじっていた。何見てるのって聞いたら、「メリケンパークのモニュメント、何時まで見られるんだっけ」って。知らないよ、そんなの。

私たちはそのままポートタワーの方へ向かわず、逆方向の倉庫街みたいなエリアをぶらぶらした。あそこ、意外と人がいなくて好きなんだよね。古い赤レンガの建物が残ってて、その隙間から海が見える。彼女が「ここ、昔映画で見た気がする」って言ってたけど、たぶん違う場所だと思う。でも否定しなかった。そういう曖昧な記憶って、否定されるとなんか寂しいから。

途中で小さなパン屋があって、入ってみたら店員さんが一人もいなかった。奥から「いらっしゃいませー」って声だけ聞こえて、しばらく待ってたらエプロンをした若い男性が出てきた。クロワッサンを二つ買って、また海沿いに戻った。ベンチに座って食べたんだけど、彼女が「これ、めっちゃバター効いてる」って嬉しそうに言ってた。私も同じこと思ってたけど、言われる前に言いたかったな、とちょっとだけ悔しかった。

そういえば、昔この辺りで迷子になったことがある。

大学生の頃、友達と神戸に遊びに来て、夜になって別行動したんだけど、集合場所を勘違いして全然違う場所で1時間くらい待ってた。当時はスマホの地図アプリもまだ使い慣れてなくて、結局タクシーで合流地点まで行った。あの時の運転手さんが「神戸は坂と海で方角分かりにくいからね」って慰めてくれたのを覚えてる。優しかったな。

彼女は歩きながら、ずっと海の方を見ていた。

私も一緒に見てたけど、正直何が見えてるのかよく分からなかった。船がいくつか停まってて、遠くにクレーンが見えて、カモメが鳴いてる。それだけ。でも彼女は「いいね」ってぽつりと言った。何がいいのか聞かなかった。聞いたら答えに困りそうな気がしたから。

そのまま1時間くらい歩いたと思う。途中、観光案内所みたいな建物の前を通ったとき、彼女が「トイレ寄っていい?」って聞いてきて、私は外で待ってた。その間、近くのベンチに座ってたおじいさんが犬の散歩をしてて、その犬がこっちをじっと見てた。目が合ったから手を振ったら、おじいさんが会釈してくれた。犬は無視した。

彼女が戻ってきて、また歩き始めた。今度は彼女の方が少し早くて、私が追いかける形になった。「お腹空いた?」って聞いたら、「まだ大丈夫」って。じゃあどこ行くのって聞いたら、「別に」って。別にって何だよ。

結局、私たちはハーバーランドのあたりまで来て、適当なカフェに入った。窓際の席に座って、彼女はアイスコーヒー、私はホットティーを頼んだ。外はまだ明るかったけど、少しずつ日が傾いてきてた。海の色が変わっていくのが見えた。

「また来ようね」って彼女が言った。

「うん」って私は答えたけど、また来るかどうかは分からない。たぶん来ると思うけど、来ないかもしれない。どっちでもいいような気もする。

帰りの電車で、彼女は寝てた。私は窓の外をぼんやり見てた。神戸の街が遠ざかっていくのを眺めながら、今日一日何をしたのか思い出そうとしたけど、あんまり思い出せなかった。ただ歩いてただけ…だけど。

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