
元町の高架下を歩いたのは、たしか秋口の夕方だった。
友達が急に「高架下って行ったことある?」って聞いてきて、ないって答えたら「じゃあ行こう」ってなって。特に目的もなく、JRの線路沿いに続く商店街をふらふら歩き始めた。頭上を電車が通るたびに、ゴトンゴトンって音が響いて、それが妙に心地よくて。アーケードとも違う、トンネルとも違う、独特の薄暗さがあるんだよね、あそこ。天井が低いから声も反響するし、なんだか秘密基地みたいな気分になる。
商店街っていっても、今どきのおしゃれなやつじゃない。昭和の匂いがする、ほんとに普通の店ばかり。八百屋、靴の修理屋、謎の雑貨屋。どの店もシャッター半分閉まってるんじゃないかってくらい静かで、でもちゃんと営業してる。おばちゃんが店先で野菜の値札を書き直してたり、おじさんがラジオ聞きながら靴底縫ってたり。
僕らは別に買い物する気もなかったから、ただ眺めながら歩いてた。途中で友達が「これ何に使うんだろうね」って、ホームセンターにもないような謎の金具を指さしてきて、知らんがなって思ったけど笑った。
そういえば高校生の頃、別の街の高架下で迷子になったことがある。
部活の帰りに近道しようとして入り込んで、気づいたら知らない出口に出てて。あの時はマジで焦ったな。スマホもまだ持ってなかったし、結局一時間くらいさまよった。今思えばどうでもいい話だけど。
元町の高架下は、そこまで複雑じゃない。一本道をまっすぐ行けば、ちゃんと出口にたどり着く。途中で小さな公園があって、そこだけ急に空が開けてるのが面白かった。高架の切れ目に作られた公園で、ベンチが三つくらいと、錆びた滑り台がひとつ。誰もいなくて、僕らは適当にベンチに座った。
ここで何するわけでもないんだけど、座ってると落ち着くんだよね。都会のど真ん中なのに、音が遠い。車の音も人の声も、高架が遮ってくれてるのか、ぼんやりしてる。友達はスマホいじり始めたし、僕はただぼーっと滑り台見てた。ペンキが剥げてて、誰が最後に滑ったんだろうって考えてた。
風が吹いて、どこかからカレーの匂いがした。たぶん近くの定食屋だと思う。「トンボヤ食堂」って看板が見えた気がする。腹減ったなって思ったけど、まだ動く気にならなくて、そのまま座ってた。
公園を出て、また高架下に戻る。さっきとは逆方向に歩いてみたら、今度は古本屋があった。入り口に段ボール箱が積んであって、100円均一って書いてある。友達が「見てく?」って聞いてきたから、うんって答えて、二人で箱をあさった。古い漫画とか、誰が読むんだってくらい古い旅行ガイドとか。1985年のヨーロッパ鉄道の旅、とか。
結局何も買わなかったけど、店のおじさんは気にした様子もなく、また見てねって言ってくれた。
高架下を抜けると、急に明るくなって、普通の街に戻る。その瞬間、ちょっとだけ寂しい気持ちになるのが不思議だった。別に何があったわけでもないのに。ただ歩いて、座って、匂い嗅いで、本を眺めただけ。でもそれがよかったんだと思う。
帰り道、友達が「またあそこ行こうね」って言ってきた。
うん、って答えたけど、たぶん次はいつになるかわからない。そういうもんだよね、こういう場所って。

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