
神戸の元町を訪れたのは、秋の終わりを告げる十一月の午後だった。空気はひんやりとしていて、コートの襟を立てたくなるような冷たさがあった。高架下商店街の入り口に立つと、頭上を走る電車の音が時折響いてくる。その音は街の喧騒とは違う、どこか懐かしいリズムを刻んでいた。
二人で歩くのは久しぶりだった。隣を歩く彼女は、いつものように少し早足で、私が追いつくのを待つように時々振り返る。高架下の商店街は、昭和の面影を色濃く残している。古い看板、年季の入った暖簾、ガラス戸の向こうに並ぶ商品たち。それらはどれも、時間の流れをゆっくりと受け止めてきたような佇まいをしていた。
「ここ、前に来たことある?」と彼女が尋ねた。私は首を横に振る。神戸には何度も来ているのに、この高架下をじっくり歩いたことはなかった。観光地として有名な場所ではないかもしれないが、だからこそ、地元の人たちの生活が息づいている。八百屋の店先には、色とりどりの野菜が並び、その隣の乾物屋からは昆布の香りが漂ってくる。
彼女が立ち止まったのは、小さな喫茶店の前だった。「ブルーノート」という名前の、どこか音楽好きが集まりそうな店構えだ。窓ガラスには手書きのメニューが貼られていて、ブレンドコーヒーとチーズケーキのセットが人気らしい。「入ってみる?」という彼女の言葉に、私は頷いた。
店内は思ったより広く、カウンター席とテーブル席が並んでいた。壁には古いジャズのポスターが飾られている。マスターらしき初老の男性が、丁寧にコーヒーを淹れていた。私たちは窓際の席に座った。注文したコーヒーが運ばれてくるまでの間、彼女は窓の外を眺めていた。その横顔を見ながら、私は子どもの頃のことを思い出していた。
小学生の頃、祖父に連れられて商店街を歩いたことがある。あれは大阪の天神橋筋商店街だったけれど、雰囲気はここと似ていた。祖父は一軒一軒の店主と顔なじみで、私はその後ろをついて歩くだけだった。今、こうして誰かと一緒に歩いていると、あの時の祖父の気持ちが少しわかる気がする。
コーヒーが運ばれてきた。マスターがカップを置く時、彼女がうっかり肘をテーブルの端に当ててしまい、小さく「あ」と声を上げた。何事もなかったように笑う彼女を見て、私も思わず笑ってしまった。そんな些細な瞬間が、なぜか妙に愛おしく感じられた。
コーヒーを飲みながら、私たちは特に意味のない会話を続けた。最近読んだ本のこと、来週の予定、冬になったら行きたい場所。会話の内容よりも、こうして向かい合って座っていること自体が心地よかった。窓の外では、買い物袋を持った人たちが行き交っている。
喫茶店を出ると、また高架下を歩き始めた。商店街を抜けた先には、小さな公園があった。遊具がいくつかと、ベンチが並んでいる。木々の葉はほとんど落ちていて、地面には茶色い絨毯が広がっていた。彼女がベンチに座ったので、私も隣に腰を下ろした。
公園には、犬を散歩させている人や、ベビーカーを押す若い母親の姿があった。遠くでは子どもたちが遊んでいる声が聞こえる。都会の真ん中にありながら、ここだけ時間がゆっくり流れているようだった。彼女が小さくあくびをした。「眠い?」と聞くと、「ちょっとだけ」と答えた。
ベンチに座ったまま、私たちはしばらく黙っていた。沈黙が気まずくないのは、お互いに慣れているからだろう。風が吹いて、落ち葉が舞い上がった。その葉が、まるで踊るように空中を漂っている。彼女がそれを目で追っていた。
「また来ようか、ここ」と彼女が言った。私は「うん」とだけ答えた。特別な場所ではないかもしれない。観光ガイドに載るような名所でもない。でも、二人でのんびりと歩けるこの場所は、私たちにとって大切な場所になるかもしれない。
帰り道、再び高架下を通った。行きとは違う道を選んだので、また違う店が並んでいた。靴屋、時計店、小さな書店。どの店も、長い時間をかけてこの場所に根を張ってきたのだろう。彼女が立ち止まったのは、花屋の前だった。「きれい」と呟いて、色とりどりの花を眺めている。
駅に向かう頃には、日が傾き始めていた。オレンジ色の光が、高架下の風景を柔らかく照らしている。この時間帯の光は、一日の中で最も優しい。彼女が「楽しかった」と言った。私も同じ気持ちだった。特別なことは何もしていない。ただ歩いて、コーヒーを飲んで、公園のベンチに座っただけ。でも、それがとても豊かな時間だったことを、二人とも分かっていた。
神戸の元町、高架下商店街。次に訪れる時には、また違う季節の顔を見せてくれるだろう。そしてその時も、二人でのんびりと歩きたいと思った。


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