
元町の高架下って、なんであんなに落ち着くんだろう。
JRの線路が頭上を走っていて、たまにゴトンゴトンって音が響く。その音が妙に心地よくて、私たちはただ並んで歩いていた。目的なんて特になくて、強いて言えば「散歩」っていう名目だけ。でも本当はただ、家にいるのが退屈だったから出てきただけ。靴紐がゆるんでたのも気づかないまま歩き続けて、途中でつまずきそうになったのは内緒。
高架下の商店街は独特の空気がある。天井が低くて、薄暗くて、でもそれが逆に包まれてるみたいで安心する。古い喫茶店とか、何を売ってるのかよくわからない雑貨屋とか、手書きの看板が出てる靴の修理屋とか。チェーン店じゃない店ばかりで、それぞれが勝手に生きてる感じがいい。
彼が突然立ち止まって、「これ見て」って指差した先には、壁に貼られた色褪せたポスター。何かのイベントの告知らしいんだけど、日付が三年前で思わず笑った。誰も剥がさないまま、ずっとそこにあるんだろうな。時間が止まってるみたいで、それもまたこの場所らしいと思った。
ふと、昔この辺りで迷子になったことを思い出した。小学生の頃、母親と買い物に来て、ちょっと目を離した隙にはぐれて。高架下の薄暗さが怖くて泣きそうになりながら歩いたっけ。結局すぐに見つかったんだけど、あの時の心細さは今でも覚えてる。今は全然怖くないのに、不思議なもんだ。
彼は相変わらず黙って歩いてる。喋らなくても気まずくならないのが、一緒にいて楽なところ。たまに視線を感じて横を見ると、彼も同じタイミングでこっちを見てて、お互い笑ってしまう。そういう瞬間が好き。
商店街を抜けると、小さな公園があった。
公園って言っても、ブランコとベンチがあるだけの本当に小さなスペース。でも木が何本か植わってて、葉っぱの隙間から光が漏れてる。その光の粒が地面に落ちて、キラキラしてた。風が吹くと葉っぱが揺れて、光の模様も一緒に揺れる。私たちはベンチに座って、しばらくぼんやりその光を眺めてた。
「お腹空いた」って彼が言った。「さっきコンビニでおにぎり買ったばっかりじゃん」って返したら、「あれは別腹」って真顔で言うから笑った。別腹の使い方間違ってるし。でもまあ、私も少しお腹空いてたから、近くのパン屋に寄ることにした。
その店、「モンターニュ」っていう名前で、地元の人しか知らないような小さなベーカリー。店に入ると小麦の焼ける匂いが充満してて、思わず深呼吸した。クリームパンとカレーパンを買って、また公園に戻る。ベンチに座って二人で食べてたら、鳩が寄ってきた。パンくずを狙ってるんだろうけど、あげちゃダメだよねって言いながら、つい小さなかけらを投げてしまう。
午後三時くらいだったと思う。日差しはまだ明るくて、でも朝みたいなギラギラした感じじゃなくて、柔らかい光。頭上では電車が何度も通り過ぎて、その度に影が一瞬濃くなる。影が伸びたり縮んだりするのを見てると、時間の流れを感じる。
彼が「また来ようか」って言った。「うん」って答えたけど、本当にまた来るかはわからない。こういうのって、その時の気分だから。計画して来ても、あの日みたいにはならない気がする。
帰り道、また高架下を通った。行きとは逆方向だから、見える景色も少し違う。同じ場所なのに、角度が変わるだけで全然違って見えるのが面白い。店の看板も、さっきは気づかなかったものが目に入ってくる。
結局、何をしたわけでもない一日。ただ歩いて、座って、パン食べて。でもそれでよかった。特別なことなんて何もなくて、だからこそ心地よかったのかもしれない。
神戸の街は坂が多いから、帰りはちょっと疲れた。でも嫌な疲れじゃなくて、心地いい疲れ。家に着いたら、また普通の日常が始まる。洗濯物たたんで、夕飯作って、テレビ見て。
でもたまに思い出すんだろうな、あの高架下の薄暗さと、公園の光と、彼の横顔を。

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