神戸の須磨海岸で夏に騒いで、秋に黙る話

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須磨海岸って、夏以外に行ったことある?

私が初めて須磨に行ったのは大学二年の夏だった。友達に誘われて、朝の七時に三ノ宮駅で待ち合わせ。電車に揺られて着いたら、もう砂浜には家族連れやカップルがぽつぽつ陣取り始めていて、海の家からは焼きそばの匂いがうっすら漂ってきてた。あの頃は日焼け止めをまともに塗る習慣がなくて、帰り道で腕が真っ赤になって後悔したっけ。

夏の須磨海岸は、正直に言うとうるさい。波の音より人の声のほうが大きくて、ビーチボールが飛んでくるし、BBQの煙が目に染みる。でもそのうるささが妙に心地よくて、「ああ、夏だな」って思える。海水浴シーズンの須磨は、神戸市民にとって一種の通過儀礼みたいなもので、行かなきゃ夏が終わらない気がしてしまう。砂浜に寝転がって空を見上げると、飛行機雲がゆっくり流れていって、潮の香りと日焼け止めのココナッツ臭が混ざり合う。あれは夏にしか嗅げない匂いだ。

ただ、私が本当に好きなのは十月以降の須磨海岸だったりする。

海水浴シーズンが終わると、須磨海岸は別の顔を見せる。海の家は板で閉ざされ、砂浜には人がほとんどいない。夕方に一人でふらっと歩くと、波の音だけが耳に届いて、たまに犬の散歩をしている人とすれ違うくらい。足元の砂はひんやりしていて、風が少し冷たい。空はオレンジからグレーに変わっていく途中で、海面がキラキラ光ってる。この時期の須磨は、まるで誰かに忘れられた映画のセットみたいで、静かすぎて逆に落ち着く。

そういえば去年の十一月、須磨の近くにある「カフェ・ブルーウェーブ」っていう小さな店に入ったことがある。窓際の席に座ってホットコーヒーを飲みながら、ぼんやり海を眺めてた。店内には私以外に客が一人しかいなくて、BGMも流れてなくて、ただ波の音だけが聞こえてた。あのときのコーヒーの苦味と、窓ガラス越しに感じる外の冷たさが妙にマッチしてて、なんだか泣きたくなるような気分になった。別に悲しいことがあったわけじゃないんだけど。

散歩道としての須磨海岸は、実はかなり優秀だと思う。JR須磨駅から海岸まで歩いて五分もかからないし、砂浜沿いに西へ歩けば須磨海浜公園まで続いてる。途中、防波堤に腰掛けて海を見てるだけでも時間が潰せる。夏は賑やかすぎて気づかないけど、この海岸ってちゃんと「散歩できる場所」として設計されてるんだなって、静かな季節に来るとよくわかる。ランニングしてる人もいるし、釣りをしてるおじさんもいる。みんな黙々と自分のペースで海と向き合ってる。

私はあまり社交的なタイプじゃないから、夏の須磨も嫌いじゃないけど、やっぱり人が少ない時期のほうが好きだ。砂浜を歩きながら、何も考えずにただ波を見てると、頭の中がリセットされる感じがする。神戸に住んでると、海が近いっていうのは当たり前すぎて忘れがちだけど、須磨海岸みたいな場所があるおかげで、ふとした瞬間に「ああ、海だ」って思い出せる。

冬の須磨も意外といい。風が強くて寒いけど、空気が澄んでて、遠くの淡路島まではっきり見える日がある。砂浜には貝殻が打ち上げられてて、たまに綺麗な形のやつを拾って持って帰ったりする。家に帰ってから「これ、何に使うんだっけ?」ってなるんだけど…まあ、それはそれで。

結局、須磨海岸って夏だけの場所じゃないんだよね。夏は騒いで、それ以外の季節は静かに歩く。どっちも須磨で、どっちも神戸で、どっちも私の日常の一部になってる。次はいつ行こうかな、とか考えながら、今日もまた電車に乗る。

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