神戸の須磨海岸で夏だけ騒いで、あとは忘れられる場所の話

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須磨海岸って、夏以外に行ったことある人いるのかな。

私が初めてここを訪れたのは確か7月の半ばだった。友達に誘われて、別に海水浴がしたいわけでもないのに電車に揺られて須磨まで来た。駅を降りた瞬間から潮の匂いがして、ああ海なんだなって実感する。あの匂いって不思議で、嫌いじゃないんだけど好きでもない。でも確実に記憶に残る匂いなんだよね。

夏の須磨海岸はもう人だらけ。砂浜にパラソルが立ち並んで、どこもかしこも家族連れやカップルや若者グループで埋め尽くされている。波打ち際では子どもたちが奇声をあげながら走り回ってるし、ビーチバレーやってる大学生みたいな集団もいる。音楽を流してるグループもいて、正直うるさいなって思うこともある。でもそれが夏の海なんだろうし、みんなが求めてる光景なんだと思う。私はというと、泳ぐのが面倒で砂浜に座ってぼーっとしてることが多かった。砂って座ってるとじわじわ熱くなってきて、気づいたら太ももの裏が真っ赤になってたりする。

去年の夏、友達がコンビニで買ったアイスを持ってきたんだけど、砂浜に置いた瞬間に溶け始めて大変なことになった。

ところで須磨海岸の近くに「マリンテラス須磨」っていうおしゃれなカフェがあって、そこのテラス席から海を眺めるのが個人的には好きだったりする。泳がないで海を見るっていう選択肢もありなんじゃないかと最近は思ってる。まあ友達には「何しに来たの」って言われるけど。

で、問題は夏が終わった後なんだよね。9月になって少し涼しくなると、須磨海岸から人がいなくなる。嘘みたいに静かになる。海の家は閉まって、パラソルもビーチベッドも全部片付けられて、そこにはただ広い砂浜と波の音だけが残る。私が初めて秋の須磨海岸を歩いたのは10月の終わり頃だった。夕方の4時過ぎくらいで、空はまだ明るかったけどもう太陽は低くて、砂浜がオレンジ色に染まってた。

人がほとんどいない砂浜を歩くのって、夏とは全然違う体験なんだよね。足跡が自分のしか残らない感じとか、波の音がちゃんと聞こえる静けさとか。犬の散歩してる人とすれ違ったり、ジョギングしてる人が遠くを走ってたりするくらいで、基本的には誰もいない。風が冷たくて、でも海の匂いは相変わらずしてて、なんだか取り残された場所にいるような気分になる。

冬の須磨海岸も何度か歩いたことがあるけど、あれはもう完全に別の場所だった。寒いし風は強いし、でも妙に清々しい気持ちになる。砂浜に打ち上げられた貝殻とか流木とかを眺めながら歩いてると、夏にここで騒いでた人たちのことを思い出す。あの賑やかさはどこに行ったんだろうって。季節が変わるだけで、同じ場所がこんなにも違う顔を見せるのが不思議だった。

春先、3月とか4月の須磨海岸もいい。まだ海水浴には早いから人は少ないけど、散歩してる人はちらほらいる。砂浜に座って海を眺めてるだけで時間が過ぎていく。波が寄せては返すのをずっと見てられる。何も考えなくていい時間っていうのかな。

結局のところ、須磨海岸って夏だけのものじゃないんだよね。みんな夏しか来ないから、それ以外の季節は忘れられてる。でもそれがいいのかもしれない。静かに散歩したい人にとっては、忘れられてるくらいがちょうどいい。夏は夏で楽しいし、それ以外の季節はそれ以外の良さがある。

どっちがいいかなんて決められないけど。

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