
神戸港の防波堤沿いを歩いていると、海風が頬を撫でていく。十一月の半ば、冬の入り口に差しかかった季節は、まだ凍えるほど冷たくはないけれど、確かに空気の質が変わり始めている。彼女はベージュのトレンチコートの襟を立てて、少し前を歩いている。私はその後ろ姿を眺めながら、こういう何でもない時間が、実は一番贅沢なのかもしれないと思った。
デートという言葉には、どこか特別な場所へ行かなければならないような義務感がつきまとう。けれど、今日の私たちには目的地もなければ、予約した店もない。ただ港沿いをのんびり歩いて、気が向いたら喫茶店にでも入ろうという、ゆるやかな合意だけがあった。それが心地よかった。
彼女が立ち止まって、海の方を指さす。「あれ、見て」と言われて視線を追うと、カモメが低空飛行で波打ち際を滑るように飛んでいた。その動きはまるで、水面に描かれた見えない線をなぞっているようだった。私たちはしばらく黙ってそれを眺めていた。会話がなくても気まずくならない関係というのは、ありがたいものだ。
歩き出すと、どこからか焼きたてのパンの香りが漂ってきた。潮の香りと混ざり合って、不思議と懐かしい気持ちになる。子どもの頃、祖母の家に泊まりに行った朝、台所から漂ってきたトーストの匂いを思い出した。あの頃は何もかもが新鮮で、朝ごはんですら小さな冒険だった。今はもう、そんな感覚を忘れかけている。でも、彼女と一緒にいると、少しだけそれを取り戻せる気がする。
「あそこのベンチ、座ろうか」と彼女が言った。木製のベンチは少し色褪せていて、長い時間この場所で海を見続けてきたのだろう。座ると、冷たさが太ももに伝わってきた。彼女はトートバッグから小さな水筒を取り出して、蓋を開ける。中身はホットミルクティーだった。「飲む?」と聞かれて、私は頷いた。彼女が蓋に注いでくれたミルクティーは、手のひらを温めるのにちょうどいい温度だった。
一口飲むと、ほのかにシナモンの香りがした。「これ、どこの?」と聞くと、「ヴェルディエっていうお店。三宮の路地にあるの」と教えてくれた。私は知らなかったけれど、彼女はそういう小さな店を見つけるのが得意だ。いつも何気なく、でも確実に、日常に小さな彩りを加えてくれる。
蓋を彼女に返そうとしたとき、手が滑って少しこぼれそうになった。慌てて両手で支えたけれど、一瞬ヒヤリとした。彼女はクスッと笑って、「大丈夫、大丈夫」と言いながらハンカチを差し出してくれた。私は少し恥ずかしくなったけれど、こういう小さな失敗も含めて、この時間が愛おしいと思った。
海を見ていると、時間の感覚が曖昧になる。波は同じリズムで寄せては返し、風は一定の強さで吹き続けている。でも、その中で私たちは確実に変化している。去年の今頃、私たちはまだこんなふうに一緒に歩いていなかった。来年の今頃は、どうなっているだろう。そんなことを考えながら、私は彼女の横顔を盗み見た。
「何?」と彼女が気づいて、こちらを向く。「いや、何でもない」と答えたけれど、本当は言いたいことがたくさんあった。でも、それを言葉にしてしまうと、この空気が壊れてしまう気がした。だから黙っていた。
再び歩き出すと、陽が少し傾き始めていた。影が長く伸びて、私たちの姿が地面に映っている。二つの影は時々重なり合い、また離れていく。それはまるで、私たちの関係そのもののようだった。近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい距離を保ちながら、同じ方向を向いて歩いている。
神戸港の散歩道には、たくさんのカップルや家族連れがいた。みんなそれぞれの時間を過ごしている。私たちもその中の一組にすぎない。でも、この瞬間は確かに私たちだけのものだった。誰にも奪えない、二人だけの記憶として、これから先もずっと残っていくだろう。
海風が少し強くなって、彼女の髪が揺れた。彼女は手で髪を押さえながら、「そろそろ帰ろうか」と言った。私は頷いて、一緒に来た道を戻り始めた。帰り道は、なぜか来た時よりも短く感じられた。きっと、心が満たされていたからだろう。何も特別なことは起きなかったけれど、だからこそ特別な一日だった。そんな矛盾を抱えながら、私たちは夕暮れの神戸を後にした。

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