神戸の山の中で、オルゴールの音だけが響いていた

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六甲山を車で登っていくと、途中で急に霧が出てきて焦った。

カーナビが示す目的地まであと2キロくらいのところで、視界が真っ白になって、対向車のライトがぼんやり滲んで見える。こういう時って妙に緊張するよね。ハンドルを握る手に力が入って、助手席の彼女も黙り込んでしまって。山道特有のひんやりした空気が、エアコンの隙間から車内に忍び込んでくる感じがした。十月の半ば、午後三時過ぎ。

オルゴール館の駐車場に着いた時には、霧は少し晴れていて、建物の輪郭がはっきり見えた。木造の洋館みたいな外観で、入口の前には小さな花壇があって、秋の花が植えられている。受付で入館料を払って中に入ると、予想以上に静かで驚いた。観光客は僕たち以外に年配の夫婦が一組いるだけ。館内は薄暗くて、展示ケースの中のオルゴールたちがライトに照らされている。

一番奥の部屋で、ディスクオルゴールの実演があるって案内板に書いてあったから、僕たちはそっちへ向かった。廊下を歩く足音が妙に響く。彼女が小声で「図書館みたい」って言ったのを覚えてる。

実演の部屋は椅子が並んでいて、前方に大きなディスクオルゴールが置いてある。係員のおじさんが、このオルゴールは1900年代初頭にドイツで作られたもので、直径60センチくらいの金属製のディスクを回転させて音を出す仕組みだって説明してくれた。ディスクには無数の小さな突起があって、それが櫛歯みたいな部分を弾いて音が鳴るらしい。

そういえば昔、祖母の家にあった小さなオルゴールを思い出した。ネジを巻いて蓋を開けると、バレリーナの人形がくるくる回りながら音楽が流れるやつ。子供の頃は何度も何度も巻いて聴いていたんだけど、ある日ネジを巻きすぎて壊してしまって、祖母に怒られた。あの時の申し訳なさと、音が止まった時の静けさを、なぜか今思い出してる。

おじさんがディスクをセットして、ハンドルをゆっくり回し始めた。最初の音が響いた瞬間、空気が変わった気がした。

透明で、硬質で、でもどこか儚い音。一音一音がはっきりしているのに、全体としては柔らかく溶け合っている。曲は「ラ・パロマ」だったと思う。スペイン民謡のアレンジ版。音が部屋中に広がって、壁や天井に反射して、まるで音に包まれているみたいだった。彼女が僕の手をそっと握ってきた。彼女の手は少し冷たくて、でも握り返すと温かくなっていく。

ディスクオルゴールの音って、電子音とは全然違う。生々しいというか、機械が音を作っているのに、人間の息遣いみたいなものを感じる。金属が金属を弾く、ただそれだけの物理現象なのに、なぜこんなに心が動くんだろう。

演奏が終わって、おじさんが別のディスクに交換してくれた。今度は「星に願いを」。ディズニーの曲だ。さっきよりテンポがゆっくりで、一音一音の間に沈黙がある。その沈黙の中に、山の静けさが入り込んでくる。窓の外では風が木々を揺らしていて、葉擦れの音がかすかに聞こえる。

僕は彼女の横顔を見た。彼女は目を閉じて、音に集中している。睫毛が長い。普段はあまり気づかないけど、こういう静かな場所だと、細かいところまで見えてしまう。

三曲目は「ムーンライト・セレナーデ」。グレン・ミラーのジャズナンバーをオルゴールで聴くと、また違った表情になる。軽快なリズムが、どこか懐かしい感じに変わる。おじさんが「このディスクは1920年代のアメリカ製です」って教えてくれた。100年前の音が、今ここで鳴っている。時間の感覚がぼやける。

実演が終わって、僕たちは展示室をゆっくり見て回った。小さなシリンダー式のオルゴールから、家具に組み込まれた大型のものまで、いろんな種類がある。説明プレートを読むと、それぞれに歴史があって、持ち主がいて、物語があったんだなって思う。ある展示ケースの前で、彼女が「これ欲しい」って指差したのは、手のひらサイズの真鍮製のオルゴールだった。ミュージアムショップで似たようなのを探したけど、さすがにアンティークの複製品は置いてなかった。代わりに、六甲山の風景が描かれた小さなオルゴールを買った。曲は「エーデルワイス」。

帰りの車の中で、彼女が「また来たいね」って言った。僕は「うん」とだけ答えた。霧はもう晴れていて、山道の向こうに神戸の街が見えた。海も見える。オルゴールの音が、まだ耳の奥に残っている気がした…けど、気のせいかもしれない。

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